公益財団法人馬事文化財団

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2016年3月18日

根岸競馬場開設150周年記念・(公財)馬事文化財団創立40周年記念
馬の博物館 企画展 「 馬鑑 うまかがみ 山口晃展」 見どころと展示作品の一部をご紹介

桜前線の近づく根岸の丘では、今、3月26日(土曜日)からの「馬鑑(うまかがみ) 山口晃展」の開催準備に明け暮れています。そこで、皆様にいち早くこの展覧会の見どころをお届けすべく、展示作品の一部をご紹介いたします。

「日清日露戦役擬畫」より「フランス重騎兵」 2002 紙に鉛筆、ペン、水彩10 x 14.8 cm
©YAMAGUCHI Akira, Courtesy Mizuma Art Gallery 撮影:宮島径

まずは、この絵をご覧ください。思わずこの絵に目が留まったという方も多いはずです。こちらは司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』をモチーフに、画家が独自の解釈で描いた《日清日露戦役擬畫》の中の一枚、「フランス重騎兵」という水彩画です。

詳しく見てみますと、軍服の上に甲冑を着けて剣を差す勇壮な騎兵が、オートバイと一体化したサイボーグの馬に跨っています。この馬の心臓部には、二気筒、いや四気筒ほどあるのでしょうか、まさに馬力がありそうなエンジンが搭載されています。画家は幼いころからメカニカルなものに興味を示し、戦艦や飛行機の構造一つひとつを細かくお絵描きしていたようですが、そのまなざしは今も変わることが無いのでしょう。手のひらに収まるほどの小さな作品ですが、ディスクブレーキやサスペンションまで描きこまれる念の入り様です。一方、馬の頭部に目を移しますと、物々しい馬鎧の影にひそめた瞳はどこか儚げで、蹄鉄をはかせた足先をちらりと見せる様は、鉄の馬体に宿る生物としての個性を感じさせます。まるで本物をスケッチしたかのような精巧な表現が圧倒的な一作です。

本展では、この「フランス重騎兵」を始め、60点組の《日清日露戦役擬畫》全作品を展示いたします。

このように馬とオートバイが一体化したユニークな乗り物(以下「バイク馬」と略)は、山口晃の作品にたびたび登場します。その代表例とも言えるものが、続いての《厩圖(うまやず)》です。

《厩圖》 2001 カンヴァスに油彩74 x 175cm 所蔵:高橋コレクション     
©YAMAGUCHI Akira, Courtesy Mizuma Art Gallery 撮影:木奥恵三

室町時代から江戸初期にかけて、武士の世界では名馬を愛玩する風潮が生まれ、牧馬図、厩図、調馬図など、馬を題材とした絵画が数多く作られました。なかでも厩図は、主ご自慢の駿馬たちが手入れの行き届いた清潔な厩に繋がれ、そこに集う人々が娯楽に興じる様を描いたもので、国内外に優れた作品が残っています。

山口晃はこうした厩図をもとにして本作を描いていますが、厩に繋がれるのはやはりバイク馬です。尻跳ねをするものや、双頭で大きなエンジンを抱えながら小さな猫を気にする素振りもの、ガスコンロや蛇口などの調理器具を備えたものなど、それぞれタイプの異なる六頭のバイク馬が描かれています。手前に集う人々は、酒と肴を囲んで談笑していますが、洋服姿の男性もいれば着物に烏帽子姿の人物もいるようです。見ていて飽きないこちらの作品では、画家の巧みな筆さばきによって、過去、現在、未来が違和感なく交差する独特の時空間が構成されています。

ところで、山口晃はこれまでに二回《厩圖》を制作していますが(二度目は《厩圖2004》)、このたびの展覧会開催にあわせて約十二年ぶりに新作の《厩圖》が発表されます。次に描かれる厩にはどんな馬たちがいるのでしょうか。期待が高まります。

最後にご紹介するのは、《九相圖(くそうず)》です。「九相図」とは、人間の死体が朽ち果てるプロセスを九つの段階に表した仏教画で、京都安楽寺の「小野小町九相図」がよく知られています。多くの場合、野外に打ち捨てられた死後間もない女性が、次第に腐敗し、鳥獣に食い荒らされ、最後には骨になっていくという生々しい姿が描かれます。これは、不浄観をイメージすることによって、肉体に対する執着を断ち切り、欲を戒めることを目的とするためです。一方、山口晃の《九相圖》では、人間ではなくバイク馬が朽ち果てる様が描かれます。画面右から左に向かって、息を引き取ったバイク馬が屋外に放置され、間もなく鳥や獣の餌となります。エンジンやタイヤが持ち去られ、最後には骨と錆びたフレームのみが残るというストーリーです。なぜこのような絵を描いたのか、『山口晃作品集』(東京大学出版会、二〇〇四)に収録された本作に、ヒントとなる画家の添え書きがあります。

《九相圖》 2003 カンヴァスに油彩 73 x 244 cm 所蔵:高橋コレクション
©YAMAGUCHI Akira, Courtesy Mizuma Art Gallery 撮影:木奥恵三

「人間から見ればビーバーの巣や蟻塚も自然の一部ですから、誰かさんから見ればビルヂングやオートバイも其の仲間かも知れません。」

この言葉から、画家・山口晃が《九相圖》によって、執着を断ち切り、戒めとして描き出そうとしているものの正体が見えてくる気がします。

ここまで三つの作品をご紹介して参りましたが、気がかりなのはこの小さな写真では、山口晃の魅力を十分にお伝えすることが出来ないことです。画家の作品は、細部にまでこだわりがちりばめられ、見れば見るほどに驚きと発見があると同時に、込められたテーマの奥深さに感嘆します。

現代アートの魅力のひとつは、何と言ってもその同時代性にあります。私たちと同じ時代を生きる画家・山口晃の作品をリアルタイムで鑑賞できるというのは大変幸運なことです。そして、今回の展示は、初めての博物館での個展開催であり、本展にあわせ新作も発表する予定です。

さらに、作品の題材となった古典作品や博物資料もあわせてお楽しみいただけます。ぜひ馬の博物館に足をお運びいただき、写真では伝わらない魅力を、直に感じていただければ幸いです。

公益財団法人 馬事文化財団
馬の博物館 廣瀬 薫

【山口晃】
1969年東京生まれ、群馬県桐生市に育つ。96年東京芸術大学大学院美術研究科絵画専攻(油画)修士課程修了。2013年自著『ヘンな日本美術史』(祥伝社)で第12回小林秀雄賞受賞。
都市鳥瞰図・合戦図などの絵画のみならず立体、漫画、インスタレーションなど表現方法は多岐にわたる。主な個展に「望郷TOKIORE(I)MIX」(メゾンエルメス8階フォーラム、東京)、「山口晃展 前に下がる 下を仰ぐ」(水戸芸術館現代美術センター)等。成田国際空港、副都心線(西早稲田駅)のパブリックアートなども手がけ幅広い制作活動を展開。本年は、愛媛県松山市道後地区で開かれる「道後アート2016」のメインアーティストとして、道後温泉本館(重要文化財)やその周辺を舞台に「街歩き旅ノ介 道後温泉の巻」として作品を展開。会期は2016年4月下旬~2017年2月末(予定)。
近著に『山口晃 大画面作品集』(青幻舎)、『探検!東京国立博物館』(淡交社、藤森照信・山口晃 共著)。

【馬鑑(うまかがみ) 山口晃展】
平成28年3月26日(土)から5月29日(日)まで。月曜休館。ただし、3月28日、4月4日、5月2日は開館。大人200円、小中高生30円。会期中、山口晃本人のトークショーを開催するほか、オリジナルグッズを販売予定。
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